内にも外にもとらわれず、有にも無にもとらわれず、正にも邪にもとらわれず、迷いを離れ、さとりにこだわらず、中流に身を任せるのが、道を修めるものの中道の見方、中道の生活である。

 

 

 

道を修める生活にとって大事な事は、両極端にとらわれず、常に中道を歩む事である。

相応部経典―

とらわれのない生き方「中道」

1本の材木が、河から海まで何事もなく無事に流れていくというのが、理想的なありかたです。

 

その材木のように毎日何事もなく平穏無事に過ごしていけるでしょうか。

世の中には影響される事も多く、日々の生活の中で何かにひっかかったりとらわれる事が沢山あると思います。

 

「私が」や「私の」という意識が強くなっていたり、他の人の言う事やする事が気になってしかたなかったり、気が付くと楽をする方向に流れていったり。

 

また日々の中で頭にきたり、不満に思ったりする事があったり、喜びや怒りにとらわれ、我を忘れてしまったり等、日々の生活の中では色々な事があると思います。

 

 

なにものにもとらわれない、迷いのない心の状態を「中道」といいます。

しかし「なにものにもとらわれない」というのは、当たり前のようでいて、実践するのは非常に難しい事です。

両端のどちらにも近寄らない中道とは、どっちつかずの消極的な姿勢では成し遂げられる事は出来ない生き方です。

 

生活する中では、色々な事を見たり、聞いたり、感じたりする時は多々あると思います。

色々な事に接しながら過ごすので、難しいかもしれませんが、影響される事なく、日々の生活の中で、自分を見つめ直しながら少しでも「中道」を実践できるように意識して過ごす事が出来たなら、もっと自由に、自在に、人生を生きる事が出来るのではないでしょうか。