お彼岸
皆さま、諺にもあるように「暑さ寒さも彼岸まで」の時節が参りました。
まず、「彼岸」という言葉は漢字で「彼の岸」と書きます。これは、私たちが暮らすこの世界(「此岸」と呼ばれる)と、苦しみや煩悩から解放され、悟りと安らぎに満ちた理想の世界(「彼岸」と呼ばれる)との対比を表現したものです。実は、この考え方は古代インドの仏教に由来し、中国を経て日本に伝わりました。仏陀は、この世の苦しみを「此岸」と称し、心の平穏と真理が宿る世界を「彼岸」と呼んだのです。すなわち、彼岸とは私たちが目指すべき、苦しみのない理想の境地と言えます。
日本では、仏教の伝来とともに彼岸の教えは独自の解釈を受けるようになりました。特に、春分と秋分を中心とする一週間の彼岸の期間は、現世とあの世の境が曖昧になり、互いに近づくと考えられています。この時期、先祖や故人の霊を偲び、供養することで、先人たちから受け継いだ命の縁を実感し、感謝の気持ちを新たにする機会とされています。
私たちは自ら選んで生を受けたわけではありませんが、知らぬ間に人生が始まり、その後の生き方を問われ続けます。そう考えれば、私たちは単に生きているのではなく、先祖から授かった命によって支えられていることを実感し、その命を次の世代へと繋ぐ大切さを深く感じるのです。この思いに感謝を込め、私たちは供養の誠をささげます。なお、「供養」することを「廻向(回向)」と言い換えることがあります。廻向とは、供養によって積んだ功徳を自分自身のためではなく先祖に捧げると同時に、その功徳が巡り巡って自分に返ってくることを意味しています。これらは、先祖や故人との関係が生の終わりによって断絶したのではなく、むしろその関係性が変容したことを示しており、決して縁が切れているわけではないのです。
彼岸のこの時期は、日々の忙しい生活の中でふと足を止め、彼岸の思想に心を向ける貴重な機会として大切にしていきたいものです。
合掌